第五章 追及 第13話
あなたの神はなぜ彼らをここに、エジプトにまで送られたと思いますか。あなたに復讐させる機会を与えるためだと?あなたをカナンの地で奴隷商人に売り渡した彼らの命を奪わせるために、あなたの前にひざまずかせたとお思いですか?彼らの死が目的であったならば、とっくの昔にカナンの地で死なせたはずでは?それともあなたの神は、彼らの血をこの地に注ぐためには、あなたの力を借りなければならないほど無力なのですか。さあ、答えてください。
いや、私があえて申し上げるまでもないでしょう。あなたはすでに知っておられます。あなたの神はなぜ彼らをあなたに送ったのかを知っておられるでしょう。
あなたは彼らに会ったとき二度の涙を見せられました。
一度目の涙は最初に会った時でした。あれは怒りの涙です。憎しみの涙です。恨みの涙です。復讐の涙です。私がもし、その涙の前にいたなら、私は恐怖のあまり、立っていることすらできなかったことでしょう。
二度目の涙は、彼らが連れて来たベニヤミンに逢った時でした。あれは喜びの涙、愛の涙でした。あなたはすぐにでも駆け寄ってベニヤミンを抱きしめたかったはずです。それと同時にあなたは、すぐにでも剣を抜いて兄たちの首を斬ってしまいたかったでしょう。その心の中に詰まっている恨みを一度に晴らしたいと思ったかもしれませんね。しかし、あなたにはできませんでした。最初、彼らに会ったときには、ベニヤミンがいませんでした。でも、ベニヤミンを連れて来させるためには彼らが必要でした。では、二番目はどうでしょう?私は、彼らがベニヤミンを連れて来たという知らせを聞いて、これで彼らの命も終わりだと思いました。彼らがベニヤミンを連れてきたからと言って、あなたが兄たちを許すはずはありません。許すどころか、あなたは今、彼ら全員を殺そうとしています。あなたは彼らを殺しベニヤミンだけを生かしておくつもりだったからです。
ですが、今度もできませんでした。ベニヤミンを愛したあなたは、彼の目の前で血を流すことは望まれなかったからです。何とかして、彼らからベニヤミンを遠ざけようとされるはずでした。
私の心配は的中しました。彼らの荷物の中に穀物を入れ、やはり彼らの持ってきたお金をそのまま入れました。それだけではありません。ベニヤミンの荷物の中に銀の杯を隠しておいたのです。
その理由は何でしょう?あなたの使者を使わし、その荷物の中を捜索して、ベニヤミンの荷物の中から銀の杯が見つかれば、他の兄弟たちは帰らせ、ベニヤミンだけを連れて来させたかったのではありませんか?もう一度伺います。その理由は何ですか?おっしゃらないおつもりですか?では、私が申し上げます。あなたはベニヤミンだけを連れ戻してから彼らを追撃し、残りの全員を殺してしまうおつもりでした。違いますか?驚くほどのことはありません。
ところが、どうしましょう。今入ってきた知らせによると、ベニヤミンだけでなく、他の兄たちも一緒について来ているそうではありませんか。もう機会はありません。あなたの愛するベニヤミンの前で彼らの首を取らない限り、彼らの命を奪う方法がなくなったわけですね。
どうなされるおつもりですか。おや。もう、使者が到着したようですね。最後にひとつ。どうか、どうか、あなたの心の中の知恵の泉が乾かぬことをお祈り申し上げます。
第五章幕。
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