練習問題『「喝采の自由」許される日は』

【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

　「成功」は約束されていた、ということだろうか。ニューヨーク・フィルハーモニックによる米オーケストラとして初の平壌公演。東平壌大劇場に集った1500人は終了時、数分間にわたり、総立ちで拍手を送った。退席する楽団員に向かって別れを惜しむかのように手を振る人たちまでいた。
　実は、プログラムの進行中は、まるで様子が違っていた。客席の多くは黒いスーツの男性。表情は乏しく、世界一流の演奏を聴く興奮はあまりうかがえなかった。
　予定の演目が終わると、招待されていた平壌在住の外交官らはすぐ拍手に立ち上がった。が、(1)北朝鮮の観客は座ったまま。立ち上がっていいのかどうか、戸惑う様子が手に取るように伝わってきた。
　1、2分たっただろうか。一部が立ち上がると、つられるように全員が立ち上がった。鑑賞の仕方まで統制されていたのか。そして、アンコールの最終曲は朝鮮民謡「アリラン」。先ほどの場面で学習した彼らは、すぐに立ち上がって拍手を始めた。
　北朝鮮には、立ち上がって拍手を送る習慣がないのだろう。と、そのときは思った。
　公演翌日、「万景台学生少年宮殿」を訪ねた。英才教育を受けた少年少女が踊りや音楽を披露した。フィナーレは「金正日（キムジョンイル）総書記にだけ(a)チュウ誠を誓う」という内容の歌。そこで鑑賞していた学生らしき北朝鮮の若者らが、終わった途端に総立ちで割れんばかりの拍手を送るのを見た。
　ニューヨーク・フィルの演奏に対しては、「敵国の文化」に喝采していいのか、判断がつかなかったに違いない。そう思い至った。
　ライス米国務長官は「北朝鮮の政治に対する公演の影響を(b)カ大評価すべきでは(2)ない」と少し突き放すが、米国のオーケストラはこれまでも敵対国との橋渡し役を務めたことがある。ボストン交響楽団が56年、ニューヨーク・フィルは59年に冷戦下の旧ソ連で演奏、フィラデルフィア管弦楽団は73年に中国で演奏した。平壌公演はこの伝統を引き継ぐ。
　「熱烈な反応を受け、(3)私たちの任務は達成された。歴史的な瞬間として回(c)コされるのであれば、一端を担ったことを誇りに思う」。ニューヨーク・フィルのマゼール音楽監督は公演後、こう語った。
　(4)北朝鮮の姿を世界に伝える絶(d)コウの機会にもなった。フィルに同行して記者やテレビ関係者が約80人入った。「案内人」と呼ばれる監視役に付き添われながら、市民への接触を許された。
　「観光」コースの一つである地下鉄に試乗した際、中年男性にニューヨーク・フィルの公演を知っているかどうか尋ねた。案内人を介して「知っています」という答えが返ってきた。だが、朝鮮語を話す記者によると、男性は最初「知らない」と答えた。案内人が「新聞やニュースでやっているだろう」と重ねて聞き、なんとか望ましい答えを誘導したようだ。
　ニューヨーク・フィルは今回、ガーシュインの「パリのアメリカ人」を演奏した。ジャズとクラシックを融合させたような曲から伝わってくる都会のにぎやかさは、今の平壌にはない。移動のバスの中から(5)かいま見えた街では、市民が黙々と歩く姿が目についた。車は少なく、渋滞とも無縁だ。
　だが、地味な色の服に交じって赤やピンクのコートを着た女性もちらほら。雪合戦をしている子供たち、空き地でダンスをしている女の子の姿も見かけた。
　楽団員も短時間の滞在の中で、北朝鮮を感じた。日本人チェロ奏者の工藤すみれさんの言葉が重い。「公演が本当に意味のあるものになるのかどうかは、北朝鮮の人たちがこの機会をどう生かしていくかにかかっていると思う」

『朝日新聞』2008年3月9日付　　風「『喝采の自由』許される日は」より

【問１】下線部(a)「チュウ誠」と同じ漢字を含むものはどれですか。忠誠
　1．無作為にチュウ出する。
　　（　抽出　）
　2．白チュウ堂々と盗まれた。
　　（　白昼　）
　3．チュウ在所で道を尋ねる。
　　（　駐在所　）
　4．チュウ実に再現する。
　　（　忠実　）

【問２】下線部(b)「カ大」と同じ漢字を含むものはどれですか。過大
　1．途中経カを報告する。
　　（　経過　）
　2．休み時間にカ眠をとる。
　　（　仮眠　）
　3．ジョギングを日カとする。
　　（　日課　）
　4．味をカ減する。
　　（　加減　）

【問３】下線部(c)「回コ」と同じ漢字を含むものはどれですか。回顧
　1．ボールがコを描く。
　　（　弧　）
　2．コ風な考えの持ち主。
　　（　古風　）
　3．コ客の要望に対応する。
　　（　顧客　）
　4．中国のコ事に由来する。
　　（　故事　）

【問４】下線部(d)「絶コウ」と同じ漢字を含むものはどれですか。絶好
　1．コウ奇の目にさらされる。
　　（　好奇　）
　2．生徒会長に立コウ補する。
　　（　立候補　）
　3．濃コウな味わいのヨーグルト。
　　（　濃厚　）
　4．技コウを凝らした文章。
　　（　技巧　）

【問５】下線部(1)「北朝鮮の観客は座ったまま」の理由として最も適当なものはどれですか。
　1．鑑賞の仕方が統制されていて、立つことは政府に反抗することを意味するから。
　2．敵国の文化に対して喝采してよいものかどうかがわからなかったから。
　3．北朝鮮には立ち上がって拍手する習慣がそれまでなかったから。
　4．ジャズとクラシックを融合させたような曲を今まで聴いたことがなかったから。

【解説】
第七段落から２が正解。１は、「立つことは～意味する」が本文にない。３は、第六段落 の内容と合わない。４は、「今まで聴いたことがなかった」が本文では述べられていない。

【問６】下線部(2)「すべきではない」と同じ用法の「ない」を含むものはどれですか。
　1．彼の本心はよくわからない。
　2．そんなことを言うのはよくない。
　3．部屋に入ってもかまわない。
　4．彼はお金にだらしないところがある。

【解説】
下線部と２の「ない」は形容詞。１と３は「ぬ」に置き換えられるので、打ち消しの助動詞。４は、形容詞「だらしない」の一部。

【問７】下線部(3)「私たちの任務」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．音楽を通じて、北朝鮮の人々に文化や芸術のすばらしさを紹介すること。
　2．音楽を通じて、北朝鮮の人々の政治に対する関心を高めること。
　3．音楽を通じて、敵対国との間に立って仲を取り持つこと。
　4．音楽を通じて、敵対国との間にあるしがらみや誤解を解くこと。

【解説】
第八段落に「敵対国との橋渡し役」とあるので、３が正解。１、２、４はそれぞれ本文にはない内容。

【問８】下線部(4)「北朝鮮の姿」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．市民は発言においても国の統制下に置かれる場合があり、自由な発言が許される状況には必ずしもない。
　2．平壌に都会のにぎやかさはないが、華やいだ女性や活発な子供なども見受けられ、以前と比べると明るさが感じられる。
　3．平壌では、地下鉄やバスといった交通網が整備されており、市民はよく利用しているが、車の量はまだ少なく渋滞などは起きていない。
　4．外国人の取材時にはいつも必ず「案内人」と呼ばれる監視役が付くため、市民との接触は簡単にはできない。

【解説】
第十一段落から１が正解。２の「以前と比べると明るさが感じられる」、３の「市民はよく利用している」は、いずれも本文から読み取れない。４は、「案内人」が「いつも必ず」付くかどうか本文からは読み取れないので、不適当。

【問９】下線部(5)「かいま見えた」の意味として最も適当なものはどれですか。
　1．たまたま見えた。
　2．はっきりと見えた。
　3．全部が見えた。
　4．ちらっと見えた。

【解説】
「かいま見る」は「垣間見る」と書き、本来は「垣根のすき間からこっそり見る、ちらっと見る」ということ。

【問10】本文の内容に合うものはどれですか。
　1．米オーケストラの北朝鮮での演奏は成功のうちに終わり、観客に感動を残した。関係者は歴史的な瞬間となることを期待するが、今回の公演の意味の大きさは、これからの北朝鮮のあり方によって異なってくる。
　2．米オーケストラの北朝鮮での演奏は、北朝鮮の人々に文化的な刺激を与え、敵国との隔たりを解消する契機となった。これからも、このような文化交流の機会を増やしていくことが重要である。
　3．米オーケストラの北朝鮮での演奏は、北朝鮮の人々に音楽的な関心を持たせ、これまでの自国の文化を相対化する視点を与えた。文化間の交流を深めることで、政治的な溝が埋まることは望ましいことである。
　4．米オーケストラの北朝鮮での演奏は、北朝鮮の人々の音楽鑑賞の習慣を変える出来事となった。これを機に北朝鮮の人々が自らの文化や政治を相対化する視点を持つことになれば、今回の公演は意味のあるものであったと言えるだろう。

【解説】
２は、「敵国との隔たりを解消する」が本文にない。３は、「自国の文化を～与えた」が本文からは読み取れない。４は、「音楽鑑賞の習慣を変える」「文化や政治を～なれば」が誤り。