練習問題『 現在学としての民俗学 』

【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

　柳田民俗学という言葉さえある(1)ように、柳田国男（1875〜1962）は日本の民俗学の創始者であり、その学問としての鋳型を作った人でもある。『 遠野物語』をはじめ膨大な著作で、一般の人にも大変親しまれた柳田 だが、戦後、学問の世界でこれほど批判にさらされた人も珍しい。もちろん、その指摘のある部分は正当なものだが、多面体・柳田が持っていた多くの可能性の中に、(2)民俗学の明日も見える。
　戦中の国粋主義的な国家体制との親和性、学問のフィールドを国内のみに限定する一国主義的な閉鎖性、自身はほとんど調査をしなかったという“貴族性”……。柳田 がこれまで浴びてきた批判について「スケールの大きい創業社長は、その並はずれた能力ゆえに多くの崇拝者を生む半面、反発者も育てる。柳田 も同じような気がしています。批判がある面を突いているのは確かですが、柳田個人 にパーフェクトを求めるのは無理。もう一度、その核心を今によみがえらせるべきでは」と、民俗学の新谷尚紀・国立歴史民俗博物館教授（57）は話す。
　それは何だろうか。柳田 が民俗学を始めたのは、江戸時代から明治・大正という近代に移り、人々の暮らしが激変した時代だ。その当時の「現代」に生きている人々の暮らしや語りをまず知り、比較することで、過去から何が受け継がれ、何が変わったかを知ろうとした。「彼の関心の中心は常に『現在』で、様々な事象は、固定した形があるのではなく、変化するととらえていた。だから、メディアが発達し、暮らしが大きく変化する現代、むしろ都市は民俗学の(a)カッ好の対象です。 例えば暴力の問題や、企業のシステムや運営など」と新谷教授。
　『使える民俗学』といったタイトルの本を(b)コウ想中なのが、柳田についての著書も多い日本近現代史の鶴見太郎・早稲田大助教授（40）。「柳田 は、民俗学は(3)実用的なものでないといけない、と言っているんです」。常に、今の社会に生きる人々との関係の中で、ものを考えていた。それが後継者によって実用とは逆の方向、学問のための学問になってきたことが、今日の民俗学のある意味の停滞につながると考えている。
　「『大衆』のとらえ方にしても、社会科学はマスで法則化の対象としか見ないのに対し、民俗学は一人一人に個性があって自由に動き、未来に可能性を持っていた存在だととらえます。最近、DNAが人々の気質、習慣などすべてを決定するかのような風(c)チョウがありますが、気質、習慣が受け継がれるためには、他の様々なものが影響しています。そんな反論の 糸口を民俗学が持っていたはずなんです」
　柳田が専門の一つで、民俗学についての著書も多い社会学者の佐藤健二・東京大教授（49）は、柳田の民俗学の中に、(4)メディア論の可能性さえ見る。「初期の民俗学は、 当時正統とされた文字で綴（つづ）られた歴史 を、記録されない習俗や普通の人々の語りによってひっくり返そうとし、ある意味成功しました。それは、文字というメディアに対する反旗の意識があったということです」
　「日々の暮らしの中で、文字にもされず流行 とも無縁の身体の動きや、地域の規範みたいなものが、今も多々あります。そういう日常感覚のズレの意識が、現代への批判力の源泉でもあります。それを(d)タン念 に見つめていくこと。それは確かに社会学や文化人類学のフィールドと重なりはするが、これが現代の民俗学だと居直ればいいんです」と挑発する。
　多くの論者が語るように、日々の暮らしのどこかに(5)影を落とす伝統や習慣は、日々変化するものだったり、近代になって生みだされたりしたものも多い。「 東北学」を主導する民俗学の赤坂憲雄・東北芸術工科大教授（53）は「日本は本来、多面的であり、外に向けて開かれていたもの」と語る。近年声高 に語られるこの国の普遍的な伝統が、どこまで確かなものか見極めるためにも、現在、民俗学が働ける領域は広がっているかに見える。

『朝日新聞』2006年6月22日付
学のいま「現在学としての民俗学」より

【問１】下線部(a)「カッ好」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．互カクに渡り合う。
　　（　　　　　）
　2．学校の沿カクを調べる。
　　（　　　　　）
　3．共同参カクする。
　　（　　　　　）
　4．破カクの待遇を受ける。
　　（　　　　　）

【問２】下線部(b)「コウ想中」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．駅のコウ内で弁当を買う。
　　（　　　　　）
　2．大臣をコウ迭する。
　　（　　　　　）
　3．大学のコウ師を招く。
　　（　　　　　）
　4．薬のコウ能を確かめる。
　　（　　　　　）

【問３】下線部(c)「風チョウ」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．先生の話を拝チョウする。
　　（　　　　　）
　2．台風でチョウ位が上昇する。
　　（　　　　　）
　3．チョウ望を楽しむ。
　　（　　　　　）
　4．会費をチョウ収する。
　　（　　　　　）

【問４】下線部(d)「タン念」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．タン願書を提出する。
　　（　　　　　）
　2．大タンな手口の犯行。
　　（　　　　　）
　3．タン精して花を育てる。
　　（　　　　　）
　4．色の濃タンをつける。
　　（　　　　　）

【問５】下線部(1)「言葉さえあるように」と同じ意味・用法の「ように」を含むものはどれですか。
　1．一年間が矢のように過ぎてしまった。
　2．遅刻しないように出かける。
　3．マナーの悪い人が多いように思う。
　4．彼のように自立した大人になりたい。

【問６】下線部(2)「民俗学の明日」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．本来、多面的で開かれた日本の伝統文化や習慣を、広範な視野から研究することによって、フィールドを国際社会にまで広げられるような学問となる。
　2．日本の伝統文化の何が受け継がれてきたのかを知ることによって、日本や日本人の在り方を追究しながらも、社会学や文化人類学とは全く異なった学問となる。
　3．私たちの日々の暮らしの中に受け継がれている、日本の習慣や伝統を研究することによって、現代社会が抱える様々な問題を明らかにするような学問となる。
　4．柳田国男が創始した多面的な日本民俗学を批判精神を含みながら検証することによって、日本の伝統文化や日本人の気質などを客観的に法則化できる学問となる。

【問７】下線部(3)「実用的なもの」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．現在の人々の個別的な生活習慣を研究対象とし、その新たな習慣の可能性を切り開くようなもの。
　2．具体的な現実生活への意識を出発点とし、人々の暮らしにその内容が生かされるようなもの。
　3．現在の人々の正統的な生活形態を研究対象とし、現実の生活にもその知識が応用されるようなもの。
　4．人々の暮らしの個々の事例を体系的に集大成し、社会全般にその法則が適用されるようなもの。

【問８】下線部(4)「メディア論の可能性さえ見る」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．普通の人々の語りや記録されない習俗などによって、正統とされる文字で綴られた歴史に対抗した民俗学は、メディア論という観点からも考察することができる。
　2．目には見えない様々な伝統的習俗や規範を民俗学が示すことで、これまで無自覚的に見過ごされてきたメディアの役割を意識的にとらえることができる。
　3．文字によって伝承されてきた伝統文化に、民俗学が文字以外の伝承形態を挑戦的に示すことで、現代社会に存在する新旧のメディアを大切にすることができる。
　4．文字としては記録されなかった習俗や普通の人々の語りを民俗学が示すことで、歴史に埋もれていたメディアの変化を具体的に生き生きと知ることができる。

【問９】下線部(5)「影を落とす」とほぼ同じ意味内容で使われているものはどれですか。
　1．勢い盛んな者もいつかは影を落とすものだ。
　2．美しい満月が影を落とす城跡に登った。
　3．昔のつらい体験が今でも私の心に影を落とす。
　4．山並みが影を落とす湖面を見つめる。

【問10】本文の内容に合うものはどれですか。
　1．現代社会における日本の伝統文化は、我々の祖先から不変のまま受け継いできたものであり、柳田国男 は激変する社会に生きる現代人の前にそれらの遺産を明らかにして、その価値を知らしめることに成功した。
　2．柳田国男 の関心は常に「現在」に向けられていたが、受け継がれてきたものと受け継がれずに変わってしまったものとを明らかにするという点から、民俗学は現代では生活の変化が最も著しい都市に対象を見いだすこともできる。
　3．日本民俗学の創始者である柳田国男は、その並はずれた能力のために多くの崇拝者と反発者とを生んだが、その批判には的確 なものも見られた半面、彼にパーフェクトを求めたがゆえの誤解も少なからず存在した。
　4．人々の気質や習慣にはDNA以外の様々なものが影響しているはずであり、民俗学はそのような科学的見地に対抗する反論的学問としての立場を、柳田以来担ってきた。