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練習問題『 冬の精神が次の時代開く 』
【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。
フランスの哲学者リオタールに初めてインタビューしたのは1986年の秋だった。『ポストモダンの条件』が日本でも翻訳され、ポストモダン思想を代表する理論家
として脚光を浴びていた。
「もう『(1)大きな物語』の時代は終わったのですよ」
パリの静かな住宅街で、温(a)コウな表情の哲学者はさとすように語った。
いまの時代の顕著な変化は歴史の進歩や人間の解放という近代が目指してきた大きな物語を、人々が信じなくなったことなのだという。
大きな物語が消えるとともに、その(2)担い手だった知識人の時代も終わった。正義や理想
といった、人類にとって共通の目標や普遍的な価値観も失われたという。「これからは人々は断片化した自分たちだけの小さな物語の中で生きるしかなくなったのです」。わかりやすい話だった。
何日かあと、ニューヨークで「リオタールの大きな物語消滅論は明らかに間違っている」と激しく(3)反論する知識人に会った。
パレスチナ生まれの英文学者エドワード・サイードだった。
この時は51歳。西欧近代の知のありかたを批判した著書『オリエンタリズム』で注目され始めていたが、一般にはパレスチナ問題とのかかわりで知られる程度だった。
「解放の理想は失われたというが、いまも世界中で多くの人々が自由を求めて苦闘しているのです」。そう語るサイードは一方で、人類共通の価値観や大きな理想
に背を向けて伝統や宗教のような小さな世界に閉じこもる傾向が、地球全体に強まっていることに強い危機感を示した。
「だからこそ真実や普遍的な価値を追究する知識人の役割は少しも変わっていない。これからが知識人の存在が試される時代なのです」
言葉のとおり、その後のサイードは力を持たない人々の立場に立って世界の困難と向き合い、真実と大きな理想を求める知識人として一(b)カンした道を歩み続けた。
「(4)知識人の声は孤独の声だ」とサイードはいう。「それでも知識人が果たすべき責務は、力
の及ぶ限り真実を語り続けることだ」。晩年は白血病におかされながら、その姿勢は揺るがなかった。
サイードには94年と99年にもインタビューした。そのたびに視線は一段と遠くを見つめるようになっていた。「他の民族がこうむった苦難も人類共通の苦難として受け止めなければならない」。生まれ故郷の国と民族を思いながら、敵対する民の迫害の
歴史にも目を向け続けた。
リオタールは98年に73歳で亡くなる。サイードも2003年に病魔との長い闘いに力尽きた。67歳だった。
あとに多くの著書と言葉が残された。
「君主ではなく、旅人の言葉に(c)エイ敏に耳を傾けなければならない」
「大切なのは、ものごとをただありのまま見るのではなく、それがいかにしてそうなったかを見ることだ」
『知識人とは何か』（平凡社）など多くの翻訳を手がけた英文学者の大橋洋一氏は、サイードが好んだ「冬の精神」という言葉に注目する。
春が近づく気配を予感しながら、希望の季節をただ待ち続けるだけでなく、(5)あえて寒風に身をさらす。「いまが困難
な冬の時代だからこそ、厳しい冬の精神を持たなければならないとサイードは考えた。晩年になると伝統やナショナリズムに(d)カイ帰する知識人が多いが、彼は最後まで何かに帰属して温かく包まれる生き方と無縁だった」と大橋氏は言う。
自分が属する共同体
の慣れ親しんだ空気に包まれて暮らしたい。人はそう思う。国や民族だけではない。何かの組織や集団に強い帰属意識を抱き、その一員として生きることは安逸につながる。
だが、いつも仲間に合わせて気を配り、集団で思考する生き方からは新しいものは見えない。心地よいものの境界を超えて冬の精神を持て、とサイードは説き続けた。
21世紀のいま、人類共通の大きな理想ではなく自分たちだけの閉ざされた物語を美化する動きが広がっている。無意識のうちに集団思考に流れる空気もある。
孤立を恐れずに逆風に向かい、熱狂や集団思考から遠ざかる。冬の精神が受け継がれた時に初めて、次の時代の新しい物語は見えてくるのかもしれない。
『朝日新聞』2006年12月18日付
文化「大きな物語 冬の精神が次の時代開く」より
【問１】下線部(a)「温コウ」と同じ漢字を含むものはどれですか。
1．多大なコウ績を残す。
（ ）
2．コウ久平和を願う。
（ ）
3．身柄をコウ束する。
（ ）
4．可能性が濃コウになる。
（ ）
【問２】下線部(b)「一カン」と同じ漢字を含むものはどれですか。
1．血液が循カンする。
（ ）
2．会場がカン散としている。
（ ）
3．突カン工事で完成させる。
（ ）
4．カン末の付録を参照する。
（ ）
【問３】下線部(c)「エイ敏」と同じ漢字を含むものはどれですか。
1．受賞を光エイに思う。
（ ）
2．新エイの作家の本を読む。
（ ）
3．会場を設エイする。
（ ）
4．エイ生面に注意する。
（ ）
【問４】下線部(d)「カイ帰」と同じ漢字を含むものはどれですか。
1．危険をカイ避する。
（ ）
2．病気が全カイする。
（ ）
3．カイ疑的になる。
（ ）
4．けが人をカイ抱する。
（ ）
【問５】下線部(1)「大きな物語」の説明として最も適当なものはどれですか。
1．人類共通の普遍的な価値観や大きな理想を目標とし、それを目指す道を歩み続ける過程から生み出されてきた物語。
2．自由や平等といった人類共通の目標や普遍的な価値観が確立され、理想とする社会が形成された過程から生み出されてきた物語。
3．人類共通の価値観や大きな理想の実現を目指してきた人類の夢が、近代になって崩壊していく過程から生み出されてきた物語。
4．近代社会が理想とする歴史の進歩や人間の解放という価値観から、現代の人々が徐々に離れていく過程から生み出されてきた物語。
【問６】下線部(2)「担い手」の意味として最も適当なものはどれですか。
1．ある物事を分け合って受け持つ人。
2．わからない物事を理解しようとする人。
3．一つの物事に対して興味を示す人。
4．ある物事を中心になって推進する人。
【問７】下線部(3)「反論する」の理由として最も適当なものはどれですか。
1．近代社会が実現を望んできた人類共通の価値観や大きな理想は、現代社会において、何ひとつ達成されてはいないと考えるから。
2．真実や普遍的な価値観を明らかにしていこうとする知識人という存在がなければ、人類は困難と向き合うことはできないと考えるから。
3．いまなお自由を手にするために闘っている人々は大勢おり、人類共通の目標や普遍的価値観は失われていないと考えるから。
4．人類共通の価値観や理想に背を向けて伝統や宗教などに閉じこもる現代人の傾向は、何としても打破しなければならないと考えるから。
【問８】下線部(4)「知識人の声は孤独の声だ」の説明として最も適当なものはどれですか。
1．知識人は、自分たちだけの閉ざされた物語の中で真実を語り続けるという責務を全うすべきだということ。
2．知識人には、特定の組織や集団に帰属して安楽に生きることなく、真実を語り続ける責務があるということ。
3．知識人の卓越した見識と洞察力によって、現実の背後から探り出された真実の言葉は、一般の人々にはなかなか理解されにくいということ。
4．知識人は、人類共通の真実や普遍的な価値を世界に伝えるために、異文化を超えてたった一人で伝導する旅人のような者であるということ。
【問９】下線部(5)「あえて寒風に身をさらす」の理由として最も適当なものはどれですか。
1．集団の温かい空気に包まれる安逸な生き方を捨て、自己を知識人としてあえて困難な状況に置くことにより、多くの人々に真理を授けられると考えるから。
2．温かさに包まれた集団思考の生き方からは新しいものは見えず、あえて厳しい逆風に向かうことで新しいものが見えてくると考えるから。
3．良き時代の到来をただ待ち望むのではなく、その確立をあえて積極的に推進することにより、強い帰属意識から逃れられると考えるから。
4．自分たちだけの閉ざされた物語を美化する風潮を認めず、あえて孤立に挑戦することにより、人類共通の大きな理想が実現できると考えるから。
【問10】本文の内容に合うものはどれですか。
1．現代社会に関するリオタールとサイードの論は、深く考えさせられる話であり、筆者は現代を代表する二人の知識人の論をより高い立場から統合させようと試みている。
2．共同体に帰属して温かく包まれる生き方とは無縁だったサイードにとって、晩年パリの静かな住宅街
で安逸に暮らしていたリオタールの生き方はやはり認めがたいものであった。
3．知識人の役割の変化や人々の考え方に関して、リオタールとサイードとの見解には相反する点もあるが、現代社会の傾向のとらえ方には共通した見識も見られる。
4．リオタールとサイードの認識の違いは、フランス生まれの哲学者として母国で暮らした者と、パレスチナ生まれの英文学者としてニューヨークで暮らした者との経験の違いによる。
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