練習問題『 帽子・男の『制服』、規律の象徴 』

【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

　「戦前の男は全員帽子をかぶっていました」
　晩年、戦前の昭和の風俗の実態を語り続けた名コラムニスト、山本夏彦は著書、『誰か「戦前」を知らないか』（文春新書）の中で断言している。
　作家、山口瞳もこう書く。「（戦前まで）帽子をかぶっていないのは相撲取 りぐらいのものだ。（中略）男は帽子をかぶるべきものである。いや、ある時代までそうであったのだ」（『礼儀作法入門』新潮文庫）
　戦前の古い写真やフィルムを見ると、特に、都市の男性のほとんどが帽子を頭に載せている。中折れ帽、パナマ帽、カンカン帽、鳥打ち帽、学生帽……。
　東京帽子協会が発行した『東京の帽子百二十年史』の昭和時代前期の文章は語る。敗戦までの昭和時代前期は「帽子業界の黄金時代 と激動時代」であり、「昭和の初め、帽子は完全に庶民生活の一部になっており、帽子を被（かぶ）らなければ大人は外出もできないほどでした」。昭和12年ごろ東京に住む人々は少なくとも半ダース以上の帽子をもっていた、という驚くべき 推定数字も載っている。
　でも、戦後、男の帽子が消えてゆく。『百二十年史』の記述も一転、「帽子離れ」といった重苦しい記述が増えてくる。
　昭和28年公開の小津安二郎監督の名作「東京物語」は、ほぼ同時代を背景に、老夫婦が尾道から東京にいる子供を訪ねる物語だ。男性も多数出 て来るが、帽子を被っているのは、(1)主演の笠智衆と彼の友人を演じる東野英治郎と二人の老人だけなのだ。まるで、古い風俗の代表が帽子といった風でもあった。
　先日亡くなった(2)植木等の昭和30年代のトレードマークの一つは、ステテコ姿にカンカン帽。すでにその時代の「変なおじさん」の象徴になっていた。(3)渥美清演 じる「寅さん」も、帽子を被り続けていた。それは、時代から一歩身をおいた香具師（やし）を描く演出の一つにも見えた。
　なぜ(4)男の帽子が時代の前面から退いたのだろうか。
　明治になって初めて洋装に接した日本人が本格的に洋服を着始めたのが戦前の昭和時代だった。『暮らしの世相史』（中公新書）などの著書もある社会学者の加藤秀俊 さんは「洋装は早くから男性中心で進んだ。だが外出は洋服でも、家では和服。女性は、ほとんど、いつも和服でした」と話す。
　洋装の大規模な導入のきっかけは軍服だった。それに学校の制服。兵役があり、進学の機会にも恵まれた男性がまず慣れたと、加藤 さんは考える。いずれも帽子がセットになった服だった。同様の感覚で背広に着替えても、帽子を被ったのか。新(a)コウ「大国」として西欧紳士へのあこがれもあったのだろう。ともあれ、洋服はまだ自(b)ザイに着こなせぬ「公」の場の「制服」だったともいえる。
　しかし、戦後は、それが一挙に崩れる。何しろ「［Ａ］」が価値なのだ。女性の洋装化も一挙に進む。昭和30年代に入り、男の帽子は街であまり見なくなる。最後の(5)牙城（がじょう）だった中学・高校の制帽も40年代半 ば以降、廃止が続いた。いつのまにか、洋服は「制服」でなく、「流行」「消費」の主役や、自らの「センス」「思想」を(c)ケン示する指標となった。今、街でニットなど様々な帽子を被った若い男の子たちを見かける。それは、自らの趣味の主張の一(d)カンでしかない。
　「最後に残ったのは、自衛隊、警察、消防、鉄道などの制帽だけでしょう。帽子はどこか、規律の象徴でもありました。帽子が消えた理由の一つには、戦後、規律 というものが、日本の社会から、消えていったことの裏返しではないでしょうか」と加藤さん。
　また(6)それは、「昭和」が、明治にスタートした洋装＝西欧文化を、生まれながらの衣装のように自然に着こなすに至る完成期だったことの証しだろう。
　最後にもう一つ。戦前・戦後を通じてずっと帽子を被り続けた人物がいた。他ならぬ昭和天皇だ。戦前は、「神」にして「大元帥」。軍帽姿だった。戦後は「人間」にして「象徴」。人々の歓迎に、ソフト帽などをふって応える天皇の姿は、みんなの記憶に強く焼き付いている。
　この帽子の違いもまた「昭和」の実相でもある。

『朝日新聞』2007年4月11日付
昭和モノ語り「帽子　男の『制服』、規律の象徴」より

【問１】下線部(a)「新コウ」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．年コウ序列を見直す。
　　（　　　　　）
　2．契約をコウ改する。
　　（　　　　　）
　3．白熱した試合にコウ奮する。
　　（　　　　　）
　4．コウ顔無恥な振る舞い。
　　（　　　　　）

【問２】下線部(b)「自ザイに」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．私ザイをなげうつ。
　　（　　　　　）
　2．両親は健ザイだ。
　　（　　　　　）
　3．薬ザイを塗布する。
　　（　　　　　）
　4．彼は10年に1人の逸ザイだ。
　　（　　　　　）

【問３】下線部(c)「ケン示」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．ケン微鏡で観察する。
　　（　　　　　）
　2．債ケンを発行する。
　　（　　　　　）
　3．現場ケン証を行う。
　　（　　　　　）
　4．ケン虚な態度を心がける。
　　（　　　　　）

【問４】下線部(d)「一カン」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．圧カンは最後の場面だ。
　　（　　　　　）
　2．悪循カンに陥る。
　　（　　　　　）
　3．カン波が南下する。
　　（　　　　　）
　4．初志カン徹をめざす。
　　（　　　　　）

【問５】下線部(1)「主演の笠智衆と彼の友人を演じる東野英治郎と二人の老人」・(2)「植木等」・(3)「渥美清演じる「寅さん」」の帽子に共通することとして最も適当なものはどれですか。
　1．その時代にもてはやされていることを示す。
　2．その時代から少し外れていることを示す。
　3．社会に逆らっていることを示す。
　4．社会に迎合していることを示す。

【問６】下線部(4)「男の帽子が時代の前面から退いた」の理由として適当でないものはどれですか。
　1．西欧紳士に対するあこがれが、時とともに消えていったから。
　2．洋服の意味合いが、自分のセンスを主張するものへと変化していったから。
　3．戦後、日本の社会において、定められた秩序が消えていったから。
　4．学校での制帽の廃止が続き、現在は楽しみのひとつとして帽子を被るようになったから。

【問７】空欄［　Ａ　］に入る語として最も適当なものはどれですか。
　1．平等
　2．規律
　3．自由
　4．従属
 
【問８】下線部(5)「牙城（がじょう）」の本文中での意味として最も適当なものはどれですか。
　1．国が管理する組織。
　2．めったに壊れないもの。
　3．世俗を離れた場所。
　4．ある勢力の中心部。

【問９】下線部(6)「それ」の指示内容として最も適当なものはどれですか。
　1．西欧紳士へのあこがれがあったこと。
　2．帽子が規律の象徴であったこと。
　3．男性の帽子離れが進んだこと。
　4．洋装の文化が成熟していったこと。

【問10】本文の内容に合うものはどれですか。
　1．昭和初期における洋装の大規模な導入は、主として男性に洋装を促すことになり、それに伴うものとして帽子も公の場で着用された。しかし戦後は、洋装が西欧文化の象徴という意味に特化され、 西欧的風潮の拡大とともに帽子は衰退していった。
　2．昭和初期の洋装の広がりは、男性の帽子の支持につながったが、当時の洋服は制服的感覚 のものであった。しかし戦後は、洋服は制服ではなく自らを主張するものとなり、それに伴って男性の帽子は消えていった。
　3．戦前の帽子は西欧文化の象徴であり、また軍服に代表されるように、規律の象徴でもあった。戦後は、規律 が社会から消えたため、帽子は制帽からソフト帽へと変化していった。
　4．昭和初期には洋装が日本の庶民にも浸透し、男性は兵役と進学によって、制帽として帽子を身につけるようになった。戦後は、帽子が趣味として身につけられるようになり、男女の別なく帽子を被ることが習慣として広まっていった。