練習問題『 アポリア　思考を放棄して袋小路に 』

【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

　もう10年も前になるが、21世紀がどんな時代になるかを世界の思想家に聞いて回ったことがある。いま振り返って実に鋭い予見 だったと思うのが米国の社会学者ウォーラーステイン教授の言葉だ。
　ニューヨーク州の北。森に囲まれた州立大学の構内で、燃える紅葉を背に教授は言い切った。「500年続 いた近代文明の仕組みは、大きな崩壊に向かっている。これから人々は長く困難な時代を迎えようとしているのです」
　当時は、情報技術の急速な進化に世間の(a)カン心が集まっていた。地球はひとつに結ばれて壁や境界のない世界が実現する。そんなバラ色の未来図も盛んに語られていた。
　［　Ａ　］「これから半世紀近くの間、人類は厳しい混乱と不安の時代に直面する」という断言には、少し悲観的すぎるのではないかと感じたことを覚えている。
　新しい世紀が幕を開けてすぐに、ニューヨークの(b)マ天楼 の一角が崩壊する映像と一緒に［　Ｉ　］な未来図も崩れ去った。その後の世界は予告されたとおり「困難な時代」に向かっているように見える。
　ウォーラーステイン氏は最近の著書では、世界の危機はさらに深刻化して、これからは「激しい揺れ」や「激しい暴力」がいたるところで発生するだろうと警告している（『入門・世界システム分析』藤原書店）。
　地球の文明は行き詰まり、本当に出口も見えなくなってしまったのだろうか。
　『思考のトポス　現代哲学のアポリアから』（新曜社）などの著書がある哲学者の中山元氏は、現代文明は深刻なアポリア（袋小路、難問）に入り込んだと見る。
　グローバル化が進めば進むほど、狭くなった地球上での富の格差は広がるばかりだ。科学は核のように環境を後戻 りできない形で変えてしまう力をもつ技術を生み出し、一方で生命は大切だという人類が共有してきた価値観や規(c)ハンは大きく揺らいでいる。
　事態を一層複雑にしているのは、そうした今日的な問題に取 り組む哲学や思想も袋小路に迷い込んでしまったことだという。「哲学や思考の無力が実感され、社会の中に一種の思考の放棄ともいえる現象が広がっている」
　過去にも人類は多くのアポリアに直面してきたという。困難 や袋小路から抜け出そうとする努力の中から新しい知が生まれてきたとも中山氏は指摘する。「重要なのはアポリアを自覚すること。情報や知識があふれる中で、何が必要な知なのかを 見極めることが必要になっている」
　しかし、もっと根本的な問題は、(1)現代のアポリアに立ち向かうべき人間の姿そのものが、大きく揺らいでいることではないかと考える識者もいる。
　「人間を全体として考えるのではなく、心や器官などの一部分だけを取り上げて問題にする傾向が強まっている。人間の断片化や細分化が進んでいるのです」
　そう語るのは、内面の心だけを取り出して問題の個人的な解決を迫る「心のケア」の思想を批判してきた臨床心理学者の小沢牧子氏だ。
　「心理学だけでなく、医療などの分野でも身体を切り刻んで臓器ごとに見る流れが強まっている。人間は社会や環境とのかかわりの中で生きているのに、すべてを個人の問題や自己責任にする動きも強まっている」という 小沢氏は、(2)最近の脳のブームにも危うさを感じるという。
　「個人が脳を鍛えれば何か問題が解決するというのは幻想。人間を部分ごとに考えていては、いつまでも袋小路からは抜け出せない。生きる喜 びをもつ本来の人間を取り戻すためには、立ち止まって全体を振り返ることが大切なはずだ」
　ギリシャ神話にはライオンの頭とヤギの胴体とヘビの尾をもつ怪獣が登場する。「(3)キマイラ」と呼ばれる。
　脳は機械によって鍛えられ、心は専門家の手で管理される。そして目や耳は別々の情報(d)タン末につながれている。
　バラバラな部分が組み合わされたような現代人の姿は、不気味な伝説の怪獣を連想させる。
　過去の人間とは違う姿をした人類が脳や心を互いに結び合わせて怪獣のような力を手にするのか。［　Ｂ　］キマイラのような姿を制御できなくなって、さらに袋小路の奥底 に迷い込んでいくのか。
　分かれ道は目の前に近づいているのかもしれない。

『朝日新聞』2006年12月14日付
文化「アポリア　思考を放棄して袋小路に」より

【問１】下線部(a)「カン心が集まっていた」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．新入生をカン迎する。
　　（　　　　　）
　2．カン暖の差が激しい。
　　（　　　　　）
　3．注意がカン要だ。
　　（　　　　　）
　4．金融機カンで働く。
　　（　　　　　）

【問２】下線部(b)「マ天楼」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．病マと闘う。
　　（　　　　　）
　2．両国間にマ擦が生じる。
　　（　　　　　）
　3．抜歯の前にマ酔をする。
　　（　　　　　）
　4．百戦錬マのつわものだ。
　　（　　　　　）

【問３】下線部(c)「規ハン」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．華道の師ハンの資格を得る。
　　（　　　　　）
　2．諸ハンの事情により延期する。
　　（　　　　　）
　3．ハン画を完成させる。
　　（　　　　　）
　4．辞書のハン例を確認する。
　　（　　　　　）

【問４】下線部(d)「タン末」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．体をタン練する。
　　（　　　　　）
　2．タン架で運ばれる。
　　（　　　　　）
　3．タン整な顔立ち。
　　（　　　　　）
　4．冷タンな返事。
　　（　　　　　）

【問５】空欄［　Ａ　］・［　Ｂ　］に入る語の組み合わせとして最も適当なものはどれですか。
　1．Ａ　しかし
　　 Ｂ　だから
　2．Ａ　それだけに
　　 Ｂ　あるいは
　3．Ａ　あるいは
　　 Ｂ　それだけに
　4．Ａ　だから
　　 Ｂ　しかし

【問６】空欄［　Ｉ　］に入る語として最も適当なものはどれですか。
　1．悲観的
　2．一時的
　3．現実的
　4．楽天的

【問７】下線部(1)「現代のアポリア」に当てはまらないものはどれですか。
　1．努力が無駄であるとの自覚から、社会活動が停止してしまったこと。
　2．環境を不可逆的に破壊させるような技術が生み出されたこと。
　3．グローバル化の進行が貧富の格差を顕在化させたこと。
　4．生命は大切だという価値観が絶対的なものではなくなったこと。

【問８】下線部(2)「最近の脳のブームにも危うさを感じる」の理由として最も適当なものはどれですか。
　1．脳の活性は必要だが、自分の脳だけを鍛えることは、個々人の格差を広げることにつながるから。
　2．脳など身体の一部分によって問題解決を図っても、それだけでは人間本来の生きる喜びにつながるものではないから。
　3．脳ではなく、生きる喜びを感じる心を鍛えることこそが、本来の人間の姿を取り戻す方法だから。
　4．ブームは、人間に社会や環境とのかかわりの中で生きるという本来の姿を見失わせてしまうから。

【問９】下線部(3)「キマイラ」について述べた次の文の（　　）に入る語として最も適当なものはどれですか。

さまざまな動物の部分をもつ「キマイラ」は、バラバラな部分が組み合わされたような現代人の（　　）と言える。

　1．抽象
　2．捨象
　3．対象
　4．象徴

【問10】本文の内容に合うものはどれですか。
　1．現代文明は深刻なアポリアに入り込み、行き詰まりを見せている。これは、地球環境や生命の軽視が原因であり、このアポリアから抜け出すには多大な努力が必要となる。
　2．21世紀に入ってからの人類は、危機的な状況におかれている。このアポリアから抜け出そうとすればするほど、人類は暴力的にならざるをえず、思考や哲学の重要性が今こそ再認識されるべきである。
　3．現代文明は深刻なアポリアに入り込み、抜け出せずにいる。周囲の環境と深くかかわりをもって生きる人間本来 の全体性を取り戻し、アポリアから抜け出すための「思考」を続けることが重要である。
　4．現代文明は行き詰まり、歴史上初 めてアポリアに陥っている。人類はこのアポリアから逃げることなく、抜け出そうとする「思考」の中から新たな知を生み出していくことが重要である。