練習問題『全体知　紋切り型欲する情報社会』

【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

　不思議な言葉が情報社会の中に繁殖している。
　最初は専門家の用語として狭い世界で使われ始める。しかし一度メディアに登場すると、意味はあいまいなまま広がり、時代を語るキーワードとしてもてはやされる。
　「バズワード」と呼ばれる。
　豊かな情報に囲まれ、視界が開けたはずの現代社会で、正確な意味が明らかでない言葉が幅をきかせる現象。(1)背景に何があるのだろうか。
　【バズワード】一見専門用語のように見えるがそうではない、明確な合意や定義のない用語のこと（インターネット上の百科事典「ウィキペディア」による）
　バズ（buzz）はもともとはハチがブンブンうなる様子を表し、ざわめく、騒がしいなどの意味もある。バズワードは世間で騒がれている意味が不明確な言葉。同事典は「言葉だけが先歩きして広まることも多いため、事情を知らない多くの人は価値のある言葉として捉（とら）えてしまうことがある」と注(a)シャクする。
　「Web2.0」「ブロードバンド」「ユビキタス」などが代表的な例としてあげられている。
　バズワードは新語辞典にも登場するが、英語ではそれほど新しい言葉ではない。1960年代にも科学用語を使った難解な言葉が流行し、「大衆を惑わすバズワード」と問題にされたという。
　半世紀前と同じように時代の先が見えないことが、今回のバズワードの(b)リュウ盛につながっているのだろうか。
　『メディア社会』（岩波新書）などの著書があるメディア史研究者の佐藤卓己氏は「バズワードのような言葉が使われる背景には、情報が飛躍的に増えたために逆に世界の全体像が見えにくくなっている現実がある」と指摘する。
　「知識や情報が少ない時代には、世界の全体について語ることができた。そうした全体知は大学や学問の世界ではとうに崩壊してしまった」
　情報があふれる現代社会では、個人がすべての情報を知り理解することは不可能だ。そのために「部分知」に強い専門家も全体知の欠乏の不安に直面しているという。
　結果として、［　Ａ　］をとらえるように見える言葉がもてはやされる。全体知が失われた空洞を、意味があいまいな言葉が埋めるという構図だ。
　さらに「(2)思考の節約」という問題もあるという。
　「限られた時間で膨大な情報を処理しなければならない現代社会では、思考を節約して先に進むことが必要だ。そのため世間に広がっているステレオタイプ（紋切り型）の意見や言葉に頼らざるをえない」と佐藤氏は見る。
　「多くの人々が問題を考えるきっかけを作るためには、むしろバズワードのような存在は欠かせない。バズワードやステレオタイプを否定するのではなく、正しい定義や批判をしていくのが専門家や学者の役割ではないのか」
　意味があいまいな呪文のような言葉が、価値あるものとして幅をきかせる。その現象はバズワードに限らないのではないかと疑う声もある。
　ドイツなどで議論されているのが「プラスチックワード」という考え方だ。
　言語学者のウーヴェ・ペルクゼンによると、世界には文明の正しい方向を示すように見える新種の用語が数多く現れている。
　たとえば「発展」や「近代化」や「情報」。意味があいまいでプラスチックのように変(c)ゲン自在に形を変え、手軽な言葉としてメディアや政治家の演説で盛んに使われる。
　その種のプラスチックワードを使えば、批判や疑問を受けることなく人々を同意させられるのだという。
　ほとんどの言葉は昔と意味が大きく変わっているのに、正確な定義が問題にされることはないとペルクゼンは指摘する。「耳に心地よい言葉だけが、アメーバのように変形しながら世界を(3)席巻している」と言語学者は警告する（季刊誌『環』20号藤原書店などによる）。
　全体知が失われた世界に増殖する奇妙な言葉の群れ。
　恐怖の管理社会を描いたオーウェルの小説「1984年」では、強大な権力者によって特定の言葉を全く違う意味に使うことが強制される。
　強制もされないのに、思考の節約のために自ら進んでプラスチックワードやバズワードの(d)ジ力に人々が吸い寄せられていく。オーウェルが予想もしなかった未来社会がやってきたのだろうか。

『朝日新聞』2006年9月5日付
文化「全体知　紋切り型欲する情報社会」より

【問１】下線部(a)「注シャク」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．五万分の一の縮シャク。
　　（　　　　　）
　2．塩酸を希シャクする。
　　（　　　　　）
　3．知恵を拝シャクする。
　　（　　　　　）
　4．情状をシャク量する。
　　（　　　　　）

【問２】下線部(b)「リュウ盛」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．寺院を建リュウする。
　　（　　　　　）
　2．リュウ子が粗い。
　　（　　　　　）
　3．イギリスにリュウ学する。
　　（　　　　　）
　4．文化の興リュウ。
　　（　　　　　）

【問３】下線部(c)「変ゲン」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．利益がゲン少する。
　　（　　　　　）
　2．資ゲンを大切にする。
　　（　　　　　）
　3．幽ゲンの美を味わう。
　　（　　　　　）
　4．ゲン想を抱く。
　　（　　　　　）

【問４】下線部(d)「ジ力」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．ジ器を収集する。
　　（　　　　　）
　2．ジ悲の心がある。
　　（　　　　　）
　3．彼の絵に酷ジしている。
　　（　　　　　）
　4．ジ養のある食物を摂る。
　　（　　　　　）

【問５】下線部(1)「背景」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．専門用語の氾濫に多くの人がついていけなくなったこと。
　2．次にどのような時代が来るかが見えなくなったこと。
　3．情報の氾濫が原因で全体知をもつことが難しくなったこと。
　4．言葉の意味をわざとあいまいにする風潮が起こったこと。

【問６】空欄［　Ａ　］に入る語句として最も適当なものはどれですか。
　1．物事の厳然とした区別
　2．専門的な知識
　3．未来への方向性
　4．時代の大きな枠組み

【問７】下線部(2)「思考の節約」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．情報処理のみに集中すること。
　2．情報入手のみに集中すること。
　3．思考にきちんと筋道を立てること。
　4．自分自身では考えないで通説をあてにすること。

【問８】下線部(3)「席巻」の意味として最も適当なものはどれですか。
　1．恐怖に陥れること。
　2．ものすごい勢いで侵略すること。
　3．異常な事態に直面すること。
　4．一定方向へ導いていくこと。

【問９】「バズワード」と「プラスチックワード」の共通点として適当でないものはどれですか。
　1．専門家のみが使う言葉であること。
　2．正確な意味が明らかでないこと。
　3．人々を引き寄せる力を持つこと。
　4．社会で勢力を持っていること。

【問10】本文の内容に合うものはどれですか。
　1．情報があふれる現代社会において、人々は意味があいまいなまま広がる「バズワード」を価値あるものととらえ、その言葉によって失われた全体知を埋めようとする。この奇妙な言葉に対する正しい定義づけや批判が、学識経験者たちに求められている。
　2．情報が飛躍的に増え、世界の全体像が見えなくなっている現代において、さまざまな意味内容を持つ「バズワード」はすぐに流行し、大衆を惑わす言葉といえる。もてはやされている言葉の存在は欠かせないが、言葉に対する専門家や学者たちの意見を聞くべきだ。
　3．情報が飛躍的に増えたために世界の全体像が見えにくくなっている現代において、「バズワード」に人々は価値を見いだし、頼ろうとする。限られた時間で膨大な情報を処理しなければならない中で理解できる現象だが、今後はもっと予想のつかない未来社会がやってくるだろう。
　4．情報があふれる現代社会において、個人がすべての情報を理解することは難しくなっている。そのような中で「バズワード」がもてはやされているが、全体知を踏まえなければ文明の進むべき方向は見定められないため、あいまいな言葉にのみ頼ってはいけないのではないだろうか。