練習問題『 ベトナムの悲劇　今も訴え 』

【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

　「VIETNAM」展で内外のカメラマンが命を賭した記録写真を見た。ベトナムからカメラマンのマイ・フォング氏も参加、貴(a)チョウな体験談を聞くことができた。
　展示は、1954年＊ディエンビエンフー包囲戦からはじまる。土塁の前にフランス兵の死体が横たわり、その前を農民兵が駆け抜けていく。この兵がド・カストリ将軍の2万の兵を追い詰めた。
　＊ホーチミン・ルートの記録には(1)釘(くぎ)付けになった。断崖(だんがい)にかぼそい杣木(そまぎ)で桟道をかけ、蟻(あり)のように降りてくる兵士は、まるで西遊記のようだ。ルートの存在をベトナム側はずっと否定していた。ベ平連（ベトナムに平和を！市民連合）がアメリカの脱走兵を日本からスウェーデンに送ったあと、わたしは68年8月に小田実とハノイに行った。その途中砲煙たなびくビエンチャンで、南ベトナム民族解放戦線代表グエン・バン・ヒューに、「ラオス国境沿いにあるのでは」とせまった。ヒューは「そんなところに行ったら虎に食べられます」と否定した。今見ると、虎ならぬ象がいる。米軍も(b)アザムかれたのだから文句は言えない。
　写真展の特徴は、等身大の人間が泥と血の中を這(は)い回っていることだった。一見のどかな農村の風景写真とさえ見える。戦場で土を耕し、魚をとる。風景写真でないのは背後の木々は焼けただれていることだ。そこが戦闘シーンをきりとった日本やアメリカのカメラマンの(2)アングルと違う。マイ・フォングのとった大統領官邸に突入する戦車のような決定的な瞬間もあるが。展示される写真のこういう(3)非ドラマ性こそ、スーザン・ソンタグが現代写真についていった「解釈によって、芸術を飼い馴らす」ようなおもいこみを拒んで、この戦争の全体像を見せている。
　同時に岡本太郎の写真展もやっていた。「久高のろ」「首里の石畳」など。これも土の匂（にお）い。わたしのまぶたには、もう一つの岡本の作品がありありと浮かび上がった。67年、わたしたちは「ワシントン･ポスト」紙上に戦争反対を訴える意見広告を掲(c)サイした。岡本は、墨痕鮮やかに「殺すな」と書いた。それを和田誠が反戦バッジにデザインした。わたしたちはそれを胸に、(4)10年間歩き続けた。
　戦争が終わり27年たった2002年、小田や吉川勇一（ベ平連事務局長）らとわたしは、ホーチミン市をたずねた。戦争証跡博物館でわたしを待っていたのは「殺すな」バッジの写真だった。そのときのうれしさは、わたしが撮影した、空母イントレピッド号から脱走した４人の米兵の写真を戦時下のハノイの軍事博物館で発見したときに似ていた。
　戦争証跡博物館の女性館長から、日本の資料を送ってほしい、とたのまれた。ベトナムも戦後30年たち、戦争を知らない若者が増えたというのだ。それが戦争を知る世代の強い危機感であった。今度の東京での展示にも(5)同じ訴えを感じる。＊枯葉剤による障害を負った少女たちの姿でおわる写真展はベトナムの人にとって、過去の回(d)コではなく、その悲劇を訴えているのである。日本からも市民の記録をもちよりたいとねがった。

＊ディエンビエンフー包囲戦＝インドシナ戦争（1946〜1954年）で最大の戦闘。ド・カストリ将軍率いるフランス軍部隊がディエンビエンフー盆地に築いた要塞を、ベトナム軍が包囲し陥落させた。この戦いの後、インドシナ休戦協定が調印された。

＊ホーチミン・ルート＝ベトナム戦争（1965〜1975年）時に、北ベトナムから、隣国のラオス・カンボジアを経由して、南ベトナムへ部隊や兵器を補給したルートのこと。大半が山岳地帯やジャングルの中にあった。

＊枯葉剤＝除草剤の一種。ベトナム戦争中に、米軍が猛毒のダイオキシンを含む枯葉剤を大量に散布し、それを浴びた人々やその子・孫が、今もなおがんや奇形などの障害に苦しんでいる。

　『朝日新聞』2006年2月13日付文化「ベトナムの悲劇 今も訴え」小中陽太郎氏の文章より

【問１】下線部(a)「貴チョウ」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．単チョウな生活を送る。
　　（　　　　　）
　2．裁判を傍チョウする。
　　（　　　　　）
　3．慎チョウに行動する。
　　（　　　　　）
　4．怒りがチョウ点に達する。
　　（　　　　　）

【問２】下線部(b)「アザムかれた」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．ギ曲を上演する。
　　（　　　　　）
　2．真ギを見極める。
　　（　　　　　）
　3．質ギ応答に入る。
　　（　　　　　）
　4．詐ギにひっかかる。
　　（　　　　　）

【問３】下線部(c)「掲サイ」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．旅の情報が満サイの雑誌。
　　（　　　　　）
　2．借金を返サイする。
　　（　　　　　）
　3．野菜をサイ培する。
　　（　　　　　）
　4．講演会を開サイする。
　　（　　　　　）

【問４】下線部(d)「回コ」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．従業員をコ用する。
　　（　　　　　）
　2．野球部のコ問を引き受ける。
　　（　　　　　）
　3．コ意にぶつかる。
　　（　　　　　）
　4．事実をコ張して言う。
　　（　　　　　）

【問５】下線部(1)「釘(くぎ)付けになった」の理由として最も適当なものはどれですか。
　1．ホーチミン・ルートである桟道を蟻のように降りてくる兵士の様子が、かつて読んだ西遊記の面白さを想起させたから。
　2．ベトナム側が否定し、米軍でさえも存在を突き止められなかったホーチミン・ルートが、記録写真に示されていたから。
　3．当時指摘したホーチミン・ルートの場所は正しかったことが、写真によって証明されたから。
　4．かつて「虎に食べられる」と言われた場所だったのに、今写真を見ると、実際には虎ではなく象がいたから。

【問６】下線部(2)「アングル」の意味として最も適当なものはどれですか。
　1．視野の広がり
　2．画面構成の技術
　3．ものを見る視点
　4．足の置き所

【問７】下線部(3)「非ドラマ性」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．迫力のある戦闘シーンをきりとって写していること。
　2．戦車が大統領官邸に突入する決定的な瞬間を写していること。
　3．焼けただれた木々が残っただけの風景を写していること。
　4．戦場でも一見のどかに見える日常的光景を写していること。

【問８】下線部(4)「10年間歩き続けた」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．ホーチミン・ルートの研究のため、10年間世界を駆け巡り続けた。
　2．広告収入を得るため、ワシントン市まで10年間歩き続けた。
　3．反戦を訴えるため、ホーチミン市に10年間とどまり続けた。
　4．戦争反対を訴えるため、10年間国の内外にアピールし続けた。

【問９】下線部(5)「同じ訴え」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．戦争を知らない若者が増えることで、その戦争が民族解放のための正しい戦いであったことが忘れられてはならないという訴え。
　2．戦争は人間を殺しただけでなく、戦いのあとも多くの傷を残し続けていることを忘れてはならないという訴え。
　3．米軍が使った枯葉剤による障害を負った少女たちの姿を、いつまでも記憶に残さねばならないという被害者たちの訴え。
　4．戦争を知る世代が減ることで、戦争の写真や遺品も少なくなったので、日本から資料を送ってほしいという訴え。

【問10】本文の内容に合うものはどれですか。
　1．「わたし」は数人の仲間とともに反戦バッジをつけて活動を行ってきたが、まだやり残したことがあったのではないかと、当時を振り返って思う。
　2．戦争証跡博物館で反戦バッジの写真を目にしたとき、自分たちの思いが世界に伝わったことを確信した。
　3．ベトナム戦争から30年たち、戦争の悲惨さがベトナム国民の意識の中で風化していくことを危惧する声がある。
　4．今回の写真展は、ベトナム戦争を写したカメラマンの体験談を聞くことができ、多くの人が共感した意味あるものであった。