練習問題『 勝敗よりも真の誇り 』

【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

　「お金のために働く」ことが「幸せのために働く」ことでもある時代があった。今の私たちは、金では買えない幸せがあることに気づいている。それでも、多くの人は金の動向に無関心ではいられない。こんな世の中を、幸せに生きる働き方があるのだろうか。
　「かつての日本社会は、みんなで力を合わせて『経済成長』というみこしを(a)カツいでいた」と東京工業大の上田紀行・助教授は言う。当時は、金で暮らしが豊かになるという同じ価値観をだれもが疑うことなく共有できた。一(b)ガンとなって効率的な経済成長を目指す過程で、共同体意識も育まれた。
　集団の調和を乱す個性は抑圧されたが、はみ出さずに行動を共にする限り、みんな一緒に成長の恩恵にあずかれた。落ちこぼれを出さずに結果を出す仕組みだったといえる。ところが小泉政権時代、集団主義は自由な競争を阻害し、利権を生む温床と攻撃され、崩壊した。そして、いっそう強化された「(1)経済成長教」だけが残った。
　せっせと没個性化に努め、突出しない生き方が推奨されてきたのに、今度は常に自分と他人を引き比べ、相手を打ち負かす努力が求められる。「幸せの評価軸は『［ Ｉ ］な勝ち負け』だけになった。金銭は、その客観的な指標として勝敗をむき出しに示す。バブル後の経済政策の失敗で正規雇用の機会さえなかった世代は、露骨な格差に打ちのめされ、最初から競争をおりてしまっている」
　こんな消耗する生き方からの超越者を目指せと、上田さんは説く。「それには、群れの中の優劣を根拠にした“羊の誇り”ではなく、経済成長教から離れた真の誇りが必要です」。その誇りはたぶん、余(c)カやボランティアのような、経済性とは無縁の活動に求める方が容易だ。「仕事はお金に還元されやすく、せっかくの充実感が金銭的価値で変質しかねないから」
　［ Ａ ］、働かずに生きることができない以上、働くことが苦痛でしかないのはつらい。『近代の労働観』などの著書がある東京経済大の今村仁司教授は「高級車が地位を誇示する手段になるように、現代では(2)労働も一種の記号。労働者は他者からの視線に一喜一憂するから、経営学は生産性が落ちないように、自己満足を与える工夫を凝らす。惨めな挫折に苦しむよりは、“だまされて”機嫌良く生きることも必要」という。
　［ Ｂ ］「働くことが人間の本質」というのは、資本主義が(d)タイ頭した近代以降の刷り込みだと今村教授は指摘する。「競争による拡大を続けるしかない資本主義にとって、この禁欲的な労働観は好都合だった。働く喜びは生きる実感の一つに過ぎない。生産性で評価される労働人間ではなく、一個の人格として他者と向き合う場にこそ、生きる意義があるはずです」
　山形大の田口茂・助教授は、(3)私たちが「何のために生きるのか」という根源的な問いに直面していると感じる。「経済は我々の幸せとは無関係に拡大する、それ自体にはなんの目的も意図もないシステム。たまたま高度経済成長期には、働くことが豊かさにつながり、生きる意義を実感することと合致しただけなのではないでしょうか」
　豊かになった今の日本で、生存のためだけに必要な「労働」はそれほどないはずである。それなのに、多くの人の労働時間が減っているようには見えない。「より豊かになるためでないとしたら、いったい何のためにこんなに働いているのか」という疑問を、多くの人が漠然と抱きはじめている。
　「ずっとこの問いから目をそらして走り続けてきたけれど、今、深く困惑して立ち止まったことは前向きにとらえたい。それは、これまで自明だと思ってきた前提を疑い、我々の生き方を縛っていた思い込みから解放されることにつながるからです。答えはすぐには見つからないかもしれない。でも、あえてそういう『哲学的な』問いに向き合い続けることで、生きることの方向性が変わりはじめる可能性はある」

『朝日新聞』2007年3月17日付
文化「勝敗よりも真の誇り」より

【問１】下線部(a)「カツいで」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．音楽をタン当する。
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　2．機械をカ働させる。
　　（　　　　　）
　3．役員のニン期が終了する。
　　（　　　　　）
　4．カイ柔策を練る。
　　（　　　　　）

【問２】下線部(b)「一ガンとなって」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．方ガン紙に図を描く。
　　（　　　　　）
　2．念ガンの海外旅行に行く。
　　（　　　　　）
　3．ガン蓄のある言葉を聞く。
　　（　　　　　）
　4．砲ガンを投げる。
　　（　　　　　）

【問３】下線部(c)「余カ」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．彼はカ黙な人だ。
　　（　　　　　）
　2．寸カを惜しんで勉強する。
　　（　　　　　）
　3．豪カな衣装を身につける。
　　（　　　　　）
　4．車の中でカ眠をとる。
　　（　　　　　）

【問４】下線部(d)「タイ頭」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．一週間タイ在する。
　　（　　　　　）
　2．初舞タイを踏む。
　　（　　　　　）
　3．タイ慢なプレーを注意する。
　　（　　　　　）
　4．水筒を携タイする。
　　（　　　　　）
 
【問５】下線部(1)「経済成長教」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．経済成長をもたらすモノや人をあがめ、ひたすら追従しようとする考え方。
　2．経済成長が価値の高いものだと疑うことなく信じ、利権を争おうとする考え方。
　3．効率的な経済成長を一義的な価値とし、成長のための競争を肯定する考え方。
　4．経済成長を第一と考えるため、個人よりも集団の利益を優先しようとする考え方。

【問６】空欄［　Ｉ　］に入る語として最も適当なものはどれですか。
　1．絶対的
　2．普遍的
　3．相対的
　4．有機的

【問７】空欄［　Ａ　］・［　Ｂ　］に入る語の組み合わせとして最も適当なものはどれですか。
　1．ＡなるほどＢかつて
　2．Ａとは言えＢそもそも
　3．ＡなぜならＢあるいは
　4．ＡしかしＢいかにも

【問８】下線部(2)「労働も一種の記号」といえる理由として最も適当なものはどれですか。
　1．労働は他人から評価を受けることで意味を持つものだから。
　2．労働は喜びを伴うことで意味を持つものだから。
　3．労働は収入の多少によって価値付けられるものだから。
　4．労働は内実よりも外見がより重視されるものだから。

【問９】下線部(3)「私たちが「何のために生きるのか」という根源的な問いに直面している」の理由として最も適当なものはどれですか。
　1．多様な価値観が交差する現代においては、お金のために働くことは幸せにつながらないと信じられるようになり、金では買えない幸せに目が向けられ始めたから。
　2．豊かになった社会においては、「生きるために働く」という自明の前提が疑われ始め、生きる意義を実感する手段が労働だけではなくなってきたから。
　3．豊かであることが幸せであると信じられてきたが、経済が我々の幸せとは無関係に拡大するシステムに過ぎないことに人々が気づき始めたから。
　4．物質的に豊かな社会になり、生存のための労働をそれほど必要としなくなった現代においては、心の豊かさを求める人々が次第に増えてきたから。

【問10】本文の内容に合うものはどれですか。
　1．「幸せに生きる働き方」について、上田氏は経済性とは無縁の価値を求めることをすすめ、今村氏と田口氏は働くことの意義を哲学的な観点から見つめ直すべきだと提案している。
　2．「幸せに生きる働き方」について、上田氏と田口氏は経済成長教に基づく生き方を超越すべきだと提案し、今村氏は歴史的な観点からこれまでの労働観を述べつつ、自己の思いを主張している。
　3．「幸せに生きる働き方」について、上田氏、今村氏、田口氏はともに、「何のために生きるのか」という哲学的な問いに労働を通じて向き合い続けるべきだと提案している。
　4．「幸せに生きる働き方」について、上田氏、今村氏、田口氏はともに、これまでの日本社会に根付いていた労働観から解放され、新たな「生きる意義」を構築すべきだと説いている。