練習問題『 消費いざなう破滅願望 』

【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

　金で欲望を満たすのは下品である、という意見がある。はたして、そうなのだろうか。欲望を満たす以外に、金の遣い道なんてあるのか。
　ブランド物やホストや美容整形に(1)うつつを抜かした私が、最終的に得た教訓とは、「金で満たせる欲望には、必ず限界が来 る」ということであった。何故(なぜ)なら、消費の快感とはすなわち「欲望を満たす快感」であるから、金を払って欲望の対象を獲得した(a)ト端にそれは欲望の対象ではなくなる（あんなに欲しかったはずのものが、手に入れた瞬間に、自分にとって大した物ではなくなってしまうのだ）、という殺伐とした現象が生じ、その虚（むな）しさから逃れるために次から次へと新しい欲望の対象を追い求めたとしても、その 最果てには「ついに欲しい物が無くなってしまう」といった［　Ａ　］しか存在しないのである。
　とはいえ、私は「金なんて無価値だ」などと言うつもりは毛頭ない。金で買える幸せは、この世の中に確実に存在する。ただ、その幸せには限りがある、と言いたいだけなのだ。金で買える幸せをたくさん 累(b)セキしていけば最終的に大きな幸せを獲得したことになるではないか、という意見もあろうが、私はそうは思わない。消費による欲望の充足は、特 に現代のように欲望の対象が多様化している時代にあっては、(2)足し算ではなく引き算だからである。
　次々に欲望を満たしていく行為は、先ほど述べたとおり、欲望の対象を減らしていく行為なのだ。したがって、最終的には「金で満たせない欲望」に直面し、それこそが己の根源的な欲望であったと知ることになる。そういう意味でも、「消費による欲望の充足」が無価値であるとは思えない。それは価値あるゴールではないけれど、(3)価値あるプロセスにはなり得るのだ。
　さて。それでは私の場合、［　Ａ　］現象の果てに辿(たど)り着いた「根源的な欲望」とは何であったのか。その結論を語る前に、そこに至るプロセスである「(4)私の消費の実態」について語らねばなるまい。ブランド物、ホスト、美容整形と、欲望の赴くままに放(c)ロウしてきた私は、どんな気持ちで金を遣っていたのか、と。
　それは、ひと言で言えば「飢餓感 と恐怖と快感」である。消費の対象が物であれ人であれ、「欲しい！」という身を切られるような渇望に突き動かされ、それさえ手に入れば幸福になれるかのような幻想を抱き、経済的あるいは社会的な破滅の 予感にヒリヒリしながら、なけなしの金を擲(なげう)つ……その瞬間、私の身体を貫くのは、破滅の恐怖と背中合わせの恍惚(こうこつ)だ。そう、それは「破滅の恐怖」に 裏打ちされているからこその、陶然たる至福の境地なのである。
　だからこそ、私の「欲望充足のための消費金額」は、いつもいつもエスカレートする。脳の快感機能が刺激に麻痺(まひ)してしまうのか、ちょっとやそっとの金額 では、もはや快感を覚えなくなるからだ。転落ギリギリの断崖(だんがい)の縁まで突き進み、その暗黒の淵(ふち)から吹 き上がってくる冷たい風に背筋を凍らせながら、身震いするがごときエクスタシーに貫かれるのだ。
　何故「破滅の恐怖」が快感に繋(つな)がるのか、を考えれば、私の消費の動機は明白である。私は己を消滅させたいのである。死にたいという意味ではない。それならとっくに自殺してるさ。死が目的なのではなく、その先にある生まれ変わりが目的なのであり、消費による破滅は抽象的な「死と再生」の儀式なのだと言えば、ご 理解いただけるだろうか。
　私が根源的に欲しがっていたのは、「価値ある私」であったのだ。今の自分には生きていても何の価値もないと思っているからこその破滅願望と再生欲求であった。そして、おそらく、これこそが現代人の 究極の欲望なのではないか……つまり我々の欲望の最終的な対象とは「自分という幻想」なのではないかと思えるのである。株を買い占めるIT社長も、己の領地 を広げることで自己の存在意義を拡張したような幻想に(d)ヒタれる「信長の野望（←ずっと昔にヒットした天下統一ゲーム）」的陣取 り合戦にハマっているだけだ。もちろん、それが価値のないゲームだとは思わない。彼にとって、それが最終的に価値あるプロセスになるのならば、それは正しい金の遣い道ではないか。

『朝日新聞』2006年1月10日付
新・欲望論「消費いざなう破滅願望」中村うさぎ氏の文章より

【問１】下線部(a)「ト端」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．ト山を楽しむ。
　　（　　　　　）
　2．海外進出を企トする。
　　（　　　　　）
　3．権利を譲トする。
　　（　　　　　）
　4．彼は前ト有望だ。
　　（　　　　　）

【問２】下線部(b)「累セキ」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．健闘むなしくセキ敗した。
　　（　　　　　）
　2．トラックのセキ載量を確認する。
　　（　　　　　）
　3．生徒会長の重セキを担う。
　　（　　　　　）
　4．高い実セキを挙げる。
　　（　　　　　）

【問３】下線部(c)「放ロウ」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．時間をロウ費する。
　　（　　　　　）
　2．ロウ報に歓喜する。
　　（　　　　　）
　3．ロウ電に注意する。
　　（　　　　　）
　4．選手を慰ロウする。
　　（　　　　　）

【問４】下線部(d)「ヒタれる」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．人権をシン害する。
　　（　　　　　）
　2．自宅で謹シンする。
　　（　　　　　）
　3．波にシン食される。
　　（　　　　　）
　4．シン食を忘れて研究する。
　　（　　　　　）

【問５】空欄［　Ａ　］に共通して入る語句として最も適当なものはどれですか。
　1．欲望の顕在化
　2．欲望の砂漠化
　3．禁欲の潜在化
　4．禁欲の現実化

【問６】下線部(1)「うつつを抜かした」の意味として最も適当なものはどれですか。
　1．現実逃避した
　2．喜びを求めた
　3．自己陶酔した
　4．心を奪われた

【問７】下線部(2)「足し算ではなく引き算」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．欲望が次々と充足されると、多様化していた対象が一元化されるということ。
　2．欲望を満たしていく行為は、まさに消費活動そのものだということ。
　3．欲望が満たされれば満たされるほど、その対象は失われていくということ。
　4．欲望の充足によって実現される幸せには限界があるということ。

【問８】下線部(3)「価値あるプロセスにはなり得るのだ」の理由として最も適当なものはどれですか。
　1．消費による欲望の充足を満たしていくと、最終的には、金とはかかわりのない自己の根源的な欲望を知ることができるから。
　2．消費による欲望の充足を満たしていくと、最終的には、金の大切さや価値に気づくことができるから。
　3．消費による欲望の充足を満たしていくと、最終的には、金で買える幸せには必ず限界があると悟ることができるから。
　4．消費による欲望の充足を満たしていくと、最終的には、自己のすべての欲望が実現されたという至福の境地に到達できるから。

【問９】下線部(4)「私の消費の実態」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．自己の欲望を満たし、快感を得るための経済的あるいは社会的破滅は覚悟している。
　2．制御できない欲望を満たすため、なけなしの金を使い、破滅の予感にヒリヒリしている。
　3．破滅的であるが、不可能な消費欲の実現によってしか快感が得られないと信じている。
　4．渇望に伴う消費金額は次第に拡大し、破滅の恐怖と快感とが表裏一体となっている。

【問10】筆者の主張として最も適当なものはどれですか。
　1．根源的に欲しがっていた「価値ある私」が、実は「自分という幻想」であったとすれば、破滅願望と再生欲求によって多くの対象を手に入れてきた欲望は、結局虚 しい衝動であったと言える。
　2．たとえ自己の欲望の最終的な対象が「自分という幻想」であったとしても、それが本人にとって価値あるプロセスであれば、破滅願望と再生欲求に基づいた消費にも意義があったと言える。
　3．自己の欲望の最終的な対象は「自分という幻想」であるから、次々と欲望の対象を獲得していく行為によって、破滅と再生を繰り返す幻想としての自己はますます肥大化していくと言える。
　4．「死と再生」の儀式である消費において最終的に「自分という幻想」を認識することは、自己の欲望の根源的な姿を知ることであり、今後の消費活動に理性的 な根拠を与えるものだと言える。