練習問題『キムタクの『目』と憲法』

【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

　「キムタク好きですか？『HERO』見ましたか？」。必ず憲法の講義で問いかける。この夏、復活するというこのドラマのヒーローは、僕の講義では「権力を持つ者はすべてそれを濫用（らんよう）する傾向がある」と(1)喝破したモンテスキューより重要である。
　第10話（田辺満脚本）。木村拓哉さん演じる検事久利生公平は、女性ニュースキャスターへの暴行を警察で自白した被疑者を証拠不十分で不起訴にする。しかし再び彼女が襲われる。被害者も刑事も犯人は別人だと気づきながら、被疑者を追いつめ、自殺させる。納得できない久利生検事は、キャスターから犯人は別人だとの証言をとり、刑事に詰め寄る。そして言う。
　「俺達（おれたち）みたいな仕事ってな、人の命を奪おうと思ったら簡単に奪えんだよ。あんたら警察も、俺ら検察も、そしてマスコミも、これっぽちの保身の気持ちでな、ちょっと気を(a)ユルめただけで人を簡単に殺せんだよ。俺らはそういうことを忘れちゃいけないんじゃないすか！」
　けっしてこぼさぬ涙をたたえた木村さんの強い怒りの「目」は(2)立憲主義の象徴である。
　「簡単に人を殺せる」ほどの力＝公権力に制限を課して濫用を防ぎ、国民の人権をまもる、その手段として憲法を定める。そういう考え方を立憲主義という。憲法の存在意義である。
　日本国憲法も(1)法の定める適正な手続きによらなければ刑罰を(3)科してはならない（31条）(2)拷問・脅迫等による自白は証拠とできない（38条2項）(3)自白を補強する証拠が無い場合は有罪にできない（同3項）等の定めをおき、刑事手続きにかかわる公権力に制限を課している。
　学校で習う憲法の基本原理もすべて立憲主義とつながっている。公権力を少数者が勝手に行使しないようにみんなで物事を決める「国民主権」。公権力がしてはいけないこと（＝人権）のリストを掲げて違憲審査制で保障する「基本的人権の尊重」。そして、国家のために公権力が国民の命を犠牲にしてはならないと命じる「平和主義」。
　憲法は公権力にしてもらっては困ることを定める法である。だが僕達はそのことをうまく理解できない。多くの人にとって憲法は、生存権保障のように国＝公権力がしてくれることを定めた法である。国は人権を与えてくれ、僕達を護（まも）ってくれる頼もしい「正義の味方」だと感じているのである。憲法の価値を護ろうとするなら、条文を「改めない」ことよりも、(4)僕達のこの権力観を「改める」ことが必要である。
　思い出そう。2003年12月14日のサダム・フセインの髭面（ひげづら）を。国民には「聖戦への参加は義務である」と命じながら、穴蔵に(b)カクれていた権力者の姿を。「撃つな、私は共和国大統領だ」と保身した大統領閣下のあの「うつろな目」は国民を護ってくれる人の「目」だろうか？
　日本の警察はどうか。確かに「HERO」は「ドラマ」にすぎないが、公権力の現実を絵に描いたように突いている。意に反する自白、被害者が「犯人は別人」だと告げても警察のメンツで歪（ゆが）む事実、いつのまにか無くなる物証……。これらが実際に「よくある話」だとしたら？
　それでも公権力が「正義の味方」であり続けるなら、僕達の無防備な信頼が「簡単に人を殺す」ことを正当化し、憲法を改正しようがしまいが、立憲主義は無に(c)キすだろう。
　「誰でもみんな最初はそう思ってたんだ。でもな、現実はそうはいかないんだよ。そんなのただの理想だよ」
　久利生検事に反論する矢口刑事に僕は共感する。理想に燃えて公権力に(d)タズサわる人も、皆がいつも憲法尊重擁護義務（99条）を果たせるほど「強く」いられるわけではない。モンテスキューの言によれば久利生公平その人でさえ。英雄に頼ってはいられない。
　だから、公権力の不正を絶対に許さぬ「目」、「けっしてこぼさぬ涙をたたえた強い怒りの目」を支配される側にいる僕達の中に育てなければならない。
　そのためにまずするべきことは、「公権力の怖さ」の具体的なイメージを感じとることである。だから憲法記念日には、難しい議論はひとまずわきにおいて、(5)「HERO」を見よう。キムタクのあの「目」に共感できたら、「あの被疑者みたいにボーッとしてるとヤバいかも」と少しでも感じることができたら、そこに憲法の存在意義がある。

『朝日新聞』2006年5月2日付文化
「キムタクの『目』と憲法」田村理氏の文章より

【問１】下線部(a)「ユルめた」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．かなを漢字に変カンする。
　　（　　　　　）
　2．規制をカン和させる。
　　（　　　　　）
　3．カン言に乗せられる。
　　（　　　　　）
　4．構造に欠カンがある。
　　（　　　　　）

【問２】下線部(b)「カクれて」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．拾得物をイン匿する。
　　（　　　　　）
　2．生徒をイン率する。
　　（　　　　　）
　3．問題の要インを探る。
　　（　　　　　）
　4．光イン矢のごとし。
　　（　　　　　）

【問３】下線部(c)「キす」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．永遠の平和をキ念する。
　　（　　　　　）
　2．仕事に復キする。
　　（　　　　　）
　3．優勝をキ待する。
　　（　　　　　）
　4．人生のキ路に立つ。
　　（　　　　　）

【問４】下線部(d)「タズサわる」と同じ漢字を含むものはどれですか。
　1．事件をケイ機に改善をはかる。
　　（　　　　　）
　2．市長を表ケイ訪問する。
　　（　　　　　）
　3．父の事業をケイ承する。
　　（　　　　　）
　4．企業と提ケイする。
　　（　　　　　）

【問５】下線部(1)「喝破」の本文中での意味として最も適当なものはどれですか。
　1．物事の真理を説き明かすこと。
　2．物事の法則を詳細に論証すること。
　3．大声で他人の言葉を遮り言い負かすこと。
　4．どなりつけたり、叱りつけたりすること。

【問６】下線部(2)「立憲主義」の説明として最も適当なものはどれですか。
　1．公権力に制限を課して濫用を防ぎ、簡単に人を殺すことのないように憲法を定めるという考え方。
　2．公権力を勝手に行使しないように、刑事手続きにかかわることを憲法で定めるという考え方。
　3．国民の命を犠牲にしないように、公権力がしなければならないことを憲法で定めるという考え方。
　4．国民の人権をまもるために、公権力がしてはならないことを憲法で定めるという考え方。

【問７】下線部(3)「科してはならない」の主語にあたるものはどれですか。
　1．被疑者
　2．国民
　3．公権力
　4．日本国憲法

【問８】下線部(4)「僕達のこの権力観を「改める」ことが必要である」のように筆者が考える背景として該当しないものはどれですか。
　1．学校で憲法の基本原理を学習するが、憲法が何を定めた法なのかをうまく理解している人は少ない。
　2．モンテスキューの言よりも、より的確な方法で公権力の怖さを表現したドラマの方が憲法の講義では重要である。
　3．ドラマの内容が公権力の現実だとしたら、公権力に寄せる無防備な信頼は「人の命を奪う」ことの正当化につながる。
　4．国は国民に生存権を保障し、人権を認め国民を護ってくれる頼もしい存在であると、一般には思われている。

【問９】下線部(5)「「HERO」を見よう」に込められた筆者の思いとして最も適当なものはどれですか。
　1．司法やマスコミの関係者は保身の気持ちから人を簡単に殺してしまうと言う久利生検事の怒りの「目」は、憲法を改正するかしないかという難しい議論よりも、よほど訴える力を持っている。
　2．簡単に人を殺せるほどの力を持っている公権力を制限すべきだと訴える久利生検事の「目」を通して、公権力の怖さが具体的に実感でき、理想どおりにはいかない現実を感じとることができる。
　3．公権力の怖さをドラマ化した「HERO」は、現在の日本の姿を如実に表しており、支配される側の人間がいかに弱者であるかに気づく「目」をここから育てなければならない。
　4．公権力は簡単に人を殺せるという権力観を示してくれる「HERO」を見ることによって、支配される側にいて被疑者となりうる国民の中にこそ、公権力の不正を許さぬ「目」が育ってほしい。

【問10】本文の内容に合うものはどれですか。
　1．国民に聖戦への参加を義務づけていたサダム・フセインが保身に走った姿を思い出すと、権力者の末路は哀れだといわざるを得ない。
　2．日本の警察では、意に反する自白や物証の紛失などといったことがドラマさながらに行われており、このことは周知の事実となっている。
　3．理想に燃えて公権力にかかわる人でも、権力を持つ以上は絶対にそれを濫用しないとは限らない。
　4．久利生検事のような「目」を持つ公権力の持ち主は、現実には存在するはずがないので、英雄の登場を待つのは無駄なことである。